丹後に残る伝説/丹後半島あれやこれや
丹後には、多くの伝説が残っています。 日本の渚100選に認定された小天橋

海人伝説

 丹後にはかつて、航海術に秀でた「海人族」と呼ばれる一族が住んでいたと言われています。彼らは凡海郷海没後、丹後半島へ移住を余儀なくされた。古代この地方は、漁や、塩つくりなど、海にかかわって生活する人びとによって開かれていきました。そして火の神、「天火明」を先祖神とするこの人びとを「海部(あまべ)」と呼んだそうです。

関連する出来事
 5~6世紀:大和朝廷により海部直(あまべのあたい)として政権内にくみ入れられた。
 6~7世紀:凡海連(おおしあまのむらじ)として、海に面する古代の郷を統治。

海部と舞鶴のつながりは『丹後風土記』や地元の伝説によってわかります。また、昭和50年代、古代製塩を中心とする考古学的事実があきらかにされたことと「宮津籠神社」の国宝「海部氏系図」によってこの開係がはっきりとうかびあがってきました。そして、「九州-丹後半島の久美浜-尾張」この三点を結ぶ者として海部氏がおり、彼らは久美浜を本貫地としていたといいます。

ここでひとつ「久美浜」の話を・・・。
 現在でも久美浜町海部(かいべ)地区には「海士(あま)」という地名が残っています。また、その海部地区には海部小学校があり、その校歌は『あまべのさとにこだまする・・・中略・・・あぁ伝統の海部小』とある。

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